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妊活について

ようこそ妊活のページへ!

ハートを持つ男女の手

このサイトでは赤ちゃんを望まれる方を対象として記述しています。

しかし本当はそのために限ったものではなく、人として心と魂をもって生きようとするすべての方のために書いたつもりです。

一番お伝えしたいことは、“魂の愛”なのです。

Ⅰ. はじめに

寝ている赤ちゃん

赤ちゃんはこの世の宝に違いありません。
同時に‘愛’はすべてを包み込み、抱き、支える力、すなわちエネルギーだと考えます。

愛はとてつもない力です。
ですから愛の在り方によっては、人生自体が大きく変化することがあります。

赤ちゃんは愛の結晶です。二人にとってかけがえのないものの一つ…。
それは二人の共同作業であり、二人に責任があることには間違いありません。
共同作業と言いましたが、単なる作業ではありません。

心がこもった、心からの愛によるもの。

それが一番望ましい姿であることに間違いはありません。
赤ちゃんが欲しいという思いは人として至極当然であり、自然の営みの中で授かればいいのですが、なかなか思うようにいかないこともしばしばです。
結果的にうまくいかなかったこと、その現状、そのことが多くの女性を悩ませています。

ではいったい何が必要なのでしょうか

基礎体温表と体温計

自分たちだけの努力では何かが足りないのかもしれないとか、何か工夫や手助けが必要なのではないかとか、一つの意見だけでなく他の視点や考え方を知りたいとか、あるいは心の支え・心の安定など、あなたの味方や応援団が必要だと思われる方もいらっしゃると思います。

そのすべては真っ当な考えです。
二人が望むなら大抵のことは可能だと思います。

高度の不妊治療が行われている現代では、専門的な細かなテクニックについての情報は各サイトにて大なり小なり知ることができますし、すでに体験済みの方も多いと思いますから、そのことについての知見や最新の情報は専門医療機関のサイトを参照していただければと思います。

当院のアドバイスの多くは東洋医学的なものであり、‘気’に関すること‘経絡’に関すること‘漢方’などの薬物療法に関すること、そして栄養に関することが主になります。

私は‘気’を診て診断治療を行う手法を主体としています

触診する院長と患者さんの手

‘気を診る’とは、患者さんの身体に存在し、流れている‘気’の具合を診るわけです。
全身をくまなく流れる気は決して留まることがありません。

  • 気の量の過不足や流れの適切さ
  • 気を流れるルートである経絡の滞り
  • 充実した気であるかそうでないか(エネルギーの状態、すなわち気に効力があるかどうか)
  • 本人以外の余分な気が入ってないかどうか(外からもたらされたもの、邪気)

そしてさらに

  • 血液や血管(血液に取り込まれた気の量やすなわち血液の流れの悪さ、澱みなど)
  • 体液への影響(それは臓器の気の不具合で起こる、むくみなど)
  • 全ての骨や腱と関節さらに筋肉や結合織(身体のすべてを支え活かすものである)
  • 神経(神経伝達も)
  • 顎、舌、脳、臓腑(いわゆる五臓六腑を中心とした臓器)

そして子宮・卵管・卵巣の異常、さらに重要な“冷え”を拝見しています。

患者さんと話す院長

私は気を自然な形で診るのですが、それによって身体の深い意識に到達します。
気は‘心’や、さらに深い領域(深層意識、潜在意識)と関連してるからであり、その思いは純粋で過去の様々な記憶と関連します。
過去から積み重なった事実は現在に影響を与えます。
当然ですが原因があるからこそ今の結果があるということです。

気を診ることで得られる知見は非常に多く、現在の知見に照らした科学的常識を超えるものは確かに存在します。ですが科学は常に新しい発見がありますから今の常識もすぐに過去のものとなってしまいます。

幅広い心の作用は多くの気づきを生み出しますし、そこからまた新しい考えや創造が未来を作っていくはずです。
人もまた進化を繰り返すことを考えれば気を容易に理解する新人類が登場してきても不思議ではありませんね。

そう考えると科学が爆発的に進歩する一方で、人もまた確実に進化するものだと思われます。
そこでまず『人が生まれる』とはいったいどういうことなのか、どのような意味を持つのだろうということを考えてみたいと思います。

Ⅱ. 人という存在

クローバーを持つ赤ちゃんの手

言うまでもなく、人ほど尊い存在はありません。
そして、神秘的な生命体だと思われます。しかも魂と心を持つ高度の知的生命体です。ただ産みさえすればいいという問題であるはずがありません。

妊娠という自然の摂理に関わる問題にとどまらず、子供が生まれた後に生じるすべての問題に対しても多くの事柄に関わらなければなりませんし、それらを解決し、乗り越えなければなりません。
そのような事柄は人生の中では好むと好まざるに関わらず、必ずやって来るものです。

ここでご自分のこと、さらにさまざまな相手との関わり、周囲や社会的な関わりを大きな尺度で考えてみましょう。
人生の経過と共にそれらを取り巻くいくつもの問題が生じてきます。
それは解決しやすいものか、そうでないものか、あるいはどうしても解決しなければならないか、いく分でも放っておいても構わないものかというふうに分けてみることもできます。

エコー写真

そうやってみると不妊や妊活はどこに当たるでしょうか。
解決しにくいかもしれないけれど、どうしても解決しなければならない問題の一つだと思われませんか。

それは一言で言えば非常に悩みの深い問題でもあるということになります。
それだけハードルが高いとも言えますし、これだけ科学や医学が発達しても容易に解決の難しい事柄の一つであることに違いありません。
なぜそうなのでしょう…。

人は魂と心を持つ知的生命体だからです。

しかし特徴はそれだけではなく圧倒されるほど驚異の存在であることに間違いはありません。
人自体が計り知れないくらい高度な存在だと思えるからです。
その特徴をひとつひとつ詳しく言うときりがないくらいですが、本サイトに訪れた方々の参考になるかもしれませんので、先ず、私自身の経験と気の体験から得られたものを述べていきたいと思います。

特徴1

人は『魂を持った霊的な存在』であるということ

胸をおさえる女性

という言葉はご存知のことと思いますし、魂があるという自覚を持たれている方は多いのではないでしょうか。

魂があるというのは人に心があるのと同じように、ごく自然に生じる自覚であり、信念や誇り、志や勇気、さらにそれに伴う行動はみな魂に帰属するものであると思います。
魂は人格や品格、さらに次に述べる霊格として必然的に表れてきます。
霊的存在であるというのは魂を持つからに他なりません。

生霊と言う言葉がありますが、実際にそれが原因で具合が悪くなる人もいらっしゃいますから、そういう意味でも人は霊的な存在だと言えるでしょう。
悪く思う気持ちが強いと生霊として相手を傷つけます。傷つけたり傷つけ合ったりするわけです。
しかし、そのような悪意はそれを発信する者自身もまた深く傷つけます。
その者の深層意識の中に悪意が深く浸透するからです。

交差点を歩く人々

また、人は亡くなれば霊魂という存在になります。肉体がない場合です。
要するに生きているときも死んだときも、霊的状態の存在であるということに変わりはありません。

人の場合、霊的な存在としてはもちろん人霊であり、その霊格は比較的高いといえるでしょう。
ですがここで問題が生じます。人の霊格に差があるからです。
すなわち魂の差であり、それは格差といえるくらいの差です。人の霊格は横並びで平等では決してありません。
そこが一番の問題ですが、さらなる問題が生じる場合があります。
それは次に述べることと密接な関係があります。

特徴2

人は『輪廻転生』する存在

夜明け

たいていの場合、人から人へと輪廻します。
輪廻するということは前世があったということです。
前世において人生があったということであり、人格を持ち、生活を営んでいたということになります。

すなわち結婚や子供もいた可能性があるということに他なりません。このことは特筆すべきことです。

なぜなら妊活の観点から見れば、過去には自然に授かっていたということになるからで、前世の自分に子孫が居たんだと分かればどんな気持ちになるでしょうか。
少なくとも安心できるのではないでしょうか。

さらにその子孫が繁栄していることが分かれば…実際に多いのですが…現在まで続いているのですから、ご自分の子孫たちと出会うことがあったとしてもちっとも不思議ではありません。
子孫たちとは魂が引き合いやすく、知らない間に自然と近づいてくるようです。
もしも、大切な人に出会ったら、そのような意味もあるのかもしれないと考えてみてください。

しかも前世は今の1回きりだけではありません。
10回?100回?いえいえ永遠の昔から続いています。つまり始まりの無いほど遠い昔からということです。
そしてそれはもちろんビックバンより遥か以前かもしれないわけです。

永遠に繰り返す輪廻転生のわずか一コマが現世であり、現在です。
同様に未来に対しても永遠に繰り返す、すなわち来世も永遠に存在するということになります。

手の中の赤ちゃん

魂にどうして格差が生じるか

人として生まれたからには平等が一番であり、そこがスタートラインであるべきです。ところが実際はそうではありません。

それは前世が関連しています。
すべて生じた結果は原因があってのことです。これを因果の法則といいます。
原因の無いところに結果は生じません。
つまり、前世で為したことが原因となり、後に結果として現れてきます。

結果はすぐに出るとは限らず来世まで持ち越すこともあります。
その結果として魂に差が生じるということになるわけです。

人として生まれることには変わりありません。
しかし魂の現われる部分である人格や品格や霊格、それに境涯はかなり違ってきます。
そういうと容易に想像できるかもしれませんね。妊活においても魂の存在は強い影響を与えます。
そのことは後に触れます。

特徴3

それは『運命』を持つということ

星を眺める男女

人は必ず運命を持ちます。

どの人も運命の因子を持っているからです。
運命の因子、運命の星、因縁など、呼び方は様々ですが要するに運命を引き寄せる種のようなものです。
種ですから発芽する条件が整えばそのようになっていきます。
発芽する条件に出会うことを、縁を生じるといいます。

たとえば、あいつはどうしてあんなに羽振りがいいんだろう。
それにひきかえ、俺はどうしてこんなに困窮しているんだろう。
あの子はどうしてあんなに悲惨な家に生まれたんだろう。
あの子はどうしてあんなに恵まれているんだろう。
あの才能はどこからきたのだろう...

など、世間を見渡すと本当に様々な人々が、それぞれの運命の因子に従って、あるいは翻弄されながら暮らしていることが分かります。

なぜ運命の因子を持つのかといえば、これもまた第二の特徴で述べた前世があるからに他なりません。
前世で為した行いが運命の種として現世に受け継がれる、ということです。

妊婦のお腹

このように人はみなスタートラインから差を持って生まれてきます。
生まれた瞬間、いえ、子宮の中に宿った瞬間からすでに平等ではないということです。

我が国では平等が金科玉条のように叫ばれていますが、人権など法の下の平等や教育の平等、男女の平等はあったとしても、それは制度上や行政上のものであり、人そのものは自然な差がもともとあるものなのです。
身体的な差から性差、民族や人種の差、経済的な差、生まれる家の差、すべて差だらけであり、そのうえ運命的な差も持っているということです。

ですから運命的に子供と縁の少ない方はいらっしゃいます。それは現実です。
しかしもし、ここまでお読みになられた方でそのことに気付き、希望を失いかけた方があったとしたら、まだ早すぎます。
それでも赤ちゃんを授かる方法はいくらでもあるということに変わりはありません。

手を重ねる母子

現代の不妊治療は、もはや特殊な技術とはいえないくらい一般化しています。
どこの専門施設でもそれなりの高水準な医療を提供していますので、それを受ける方々も希望を持って一生懸命に努力してこそ結果は出るのですから決して諦めてはなりません。
一生懸命の先に花も実も成る種が生じているからです。

希望(目標)をもって努力し、決して諦めず、耐えるときは耐え、二人で乗り越えていくのです。
これらはどれも生きていく上で欠かすことのできない事柄です。

自分の希望を持ったならそれを実現するために努力するのです。
希望が叶う意味、できなければならない理由を一つひとつ考えて答えを出します。
絶対にできる答えです。

妊活に関することなら家族としての意味も考えてください。
素晴らしい家族ができるはずです。絶対に諦めてはなりません。
諦めた瞬間、糸の切れた凧のように飛ばされてしまいます。
終着地も見えなくなり、バラバラになってしまうでしょう。

でもね、ここで一番大切なことは何かというと、最初に触れた‘愛’なんです。その話をこれからいたします。

身心を妊娠に向けよう。身体と心の準備を整える

ⅱ-ⅰ. 身体の準備

凍える女性

もしも身体が冷えていたとしたら、血流は悪くなり、代謝力も免疫力も全てないがしろになり、生きることがやっとの状態になってしまいます。
生きることがやっとなら子供を育むなどできません。
身体もそのように反応するでしょうから容易く妊娠できなくなります。

身体は適度に温かくなくてはなりません。
特に下半身、特に骨盤周囲、そして両下肢からの冷えは生殖器を直撃します。
先ず何よりも温めることが肝要であり、同時に“冷え”の侵入を防ぐことです。

温めることと、侵入を防御することは別の概念ですが同時に行わねばならないし、そのうえで血流を整え、気の流れを整えていくことが必要です。

この項の詳細へ

ⅱ-ⅱ. 心の準備

次に心の準備の話をします。
でもね、心の準備はもう整っているはず!
それは‘愛’です。大切なものは‘真実の愛’

要するに二人の関係なのです。

いつまでも愛してる...心が震えるほど愛おしいと思えること

どんなときにもそばにいて、一緒に支え合える...それはそのひとだけであるということ

温かさに包まれ、顔を見れば不安も消え、心穏やかになれる人...

苦しい時を共に乗り越えることができ、互いにいたわり合い、慰め合うことのできる人...

優しく手を差し伸べて、助け合うことのできる、愛に満ちた思いにすべてをゆだねる...

子供が出来ても、たとえそうでなくても必ずそばにいなければならないんだと、お互いの眼をいつまでも、いつまでも見つめ合えること...

どれほど愛してると言っても、言い尽くせないくらい愛せること

いつでも愛し合えること

あなたがいればそれだけでいいの...そう思えること

大切なことは‘魂の感動’です。
愛とは、二人の魂もまた触れ合うことなのです。
‘心’‘身体’‘魂’の触れ合い、それが‘愛’です。

これらのうち、ひとつとして欠けてはなりません。
ただ、魂だけは見ることができませんから判断は難しいと思われるのではないでしょうか。
問題はその触れ合い度に違いがみられるということです。

『魂の伴侶soul mate』という概念

手を握る男女

これは、そのような概念があるということを知ればそれでいいと思います。

それは愛に基づいて魂が求めあう存在のことであり、助け合わなければならない存在、高め合う存在、魂の根っこが結びついている、そのような存在のことをいいます。
要するに前世を含めてずっと以前から強く結びついている場合です。

結びつきの度合には、当然ながら差があります。
最も重要なことは、“魂の伴侶”は一緒になって魂を高め合う存在であるということ。

これは必ず認識されなければならない最も基本的で大切なことです。
一緒になって魂を高め合う、そういう存在のことですから、貶め合うものではありません。その点をよくご理解いただきたいと思います。

“魂の伴侶”は何度も出てきますのでよく理解してください。

結びつきの度合い、すなわち“”が満点に近いものの場合は“真の伴侶”といえます。
絆の程度は多少の差はあっても“魂の伴侶”であれば一緒に手を取って高め合う存在であり、傷つけ合う存在では決してありません。
このことは何度も繰り返し言っておきます。

背を向ける男女

裏切りや欺瞞で傷つけ合うなら、一部の例外を除き、そのような関係は“魂の伴侶”ではありません。
魂同士が前世で出会っていても、そのふれあい方は千差万別であり、善い場合だけでなく悪い関係だった場合があるからです。

前世で憎み合った関係や、傷つけ合い、殺し合った関係でも関係性はあったということになりますし、それを補うためにこの世で再開する可能性は極めて高いといえます。
補うとは目的を果たすためです。
何の目的を果たすのか?もちろん過去の恨みを、ということです。
必ず決着をつける方向へと進みます。
その場合は表面的に仲が良かったとしても“魂の伴侶”ではありません。

魂自体はもちろんそのことを知っています。
悪因縁が二人を結びつけただけのことですから。

ただ、本人たちはそれに気づきません。
少なくとも情や愛はありますから関係は保たれていくわけですが、利用する、利用される関係でしかなく、根本が善い関係ではありませんので魂はやがて苦しくなって反発します。

よって、善い関係を長く維持することはできません。
魂が納得せず、それは違う、それは嫌だ、と言っているのですから仕方ありません...。

“真の伴侶”とは

ハートを持つ男女

前世で深く愛し合った二人の場合であり、添い遂げた場合であり、最高の相手であるとみなすことができます。
互いに高め合う存在であり、‘真実’の愛に基づいて一緒に過ごし暮らしていける存在でもありますから、そのような相手は人生最高の宝物かもしれません。

何度も言いますが、“魂の伴侶”とは、一緒になって高め合う二人のことを言います。
人格も霊格も品格も全て高め合うのですから、充実した人生を送ることができるでしょうね。

卑近な言い方ですが、女性であれば‘あげまん’となる可能性もあります。
男女とも相手を救う存在であり、窮地に立たされた相手を泥沼から引き上げます。
自ら危険を顧みず、泥の中に飛び込んで探し当て引き上げます。
そして全力で支え、全力で助けます。

自分の命を懸けても相手を守り通すでしょう。
自分のすべてをかけて取り組みます。

海と太陽

人は魂と心を持った存在であると述べました。
その魂は崇高なのであり、強烈なパワーを持つ存在です。

極端な話、魂は何のために生まれてきたのか自分自身に問い質すこともあります。
もちろん生命はひとつです。
ですが本当に大切なものに出会ったとき、そこに躊躇など必要ありません。
大きな覚悟ひとつなんです。

“魂の伴侶”であればどんなことがあっても助け合うし、見捨てることはありません。
守り抜く、そのような覚悟を持った時、人は本当に強くなれます。

多少の喧嘩やいさかいはあるでしょうが、しっかりと相手の立場に立ち、見守る存在であることに間違いありません。
前世はすでに過去のことですから定まったことですし、変わることのない一途な愛だったので、その影響を強く受け今も変わることがないわけです。

また、死後の霊界において再会したとき、そのことを再確認し、再び次の世で会うことを誓い、助け合うことを誓います。
つまり、この人を助けよう、救おうという強い誓いです。

ですからこの人を救う為に生まれてきたという意識が起こります。

いいですか?これほど強い愛は他にはありません。
多少のことではへこたれないし、くじけない。
命もいらないし、金も要らない、まして社会的なことなんて関係ありません。
それくらいの‘愛’なのです。

ただしその場合、再びご夫婦や恋人になるとは限りません。
とても大切な人であることには変わりはありませんが、家族だったり親友だったり恩人だったりします。

でもとても大切な人であり大切な関係です。
こんな人に巡り会ったら本当に幸せになるでしょうね。
とてもうらやましい限りですが、このような善い関係は案外多くみられるものです。
気づかないこともしばしばですから。
(ただし、ひとつ付け加えておかなければならないことがあります。一部の例外を除きと前述したのはそのためです。“魂の伴侶”に大きな障害が起こる可能性です。でもその相手は“魂の伴侶”を助けようとします。命を懸けてもです。このことについては項を改めましてお話ししたいと思います。)

結婚式

しかし、現実には誰しもがそのような善い存在を近くに持つとは限りません。

特に結婚や男女関係に関しては事情が複雑です。
さきほど悪因縁といいましたが、それは不運や不幸をもたらす運命の因子のことであり、やはり前世に形成されたものです。

過去のことですからこれを変えることはほぼ不可能です。
生まれた瞬間、授かった瞬間にその人の運命は既に決まっています。
みな前世から転生してきているので過去のしがらみを背負っているわけです。

さらにそのような運命の糸は非常に強力であり、関係性がいかに複雑でも、必ずあなたを探し求め、引っ張り出し、強い因縁の相手に会わせることでしょう。
運命の糸、悪因縁の糸にがんじがらめに縛られた人生では自分というものがないも同然です。
自分らしく生きることなんて到底不可能です。
すべて因縁のままに生きて、因縁の通りの人生を過ごし、因縁のままの死に方をします。

同じことを繰り返す、運命の反復、それも悪い運命どおりに導かれることが多いようです。

霊的世界は複雑であり、生きている我々は窺いようのない所でもあります。

生前に善いことを行えば魂は磨かれます。
具体的には人を助け、世の中の役に立つことです。
当然ながら魂はレベルアップします。

その結果、縁のある魂の種類も変わってきますから、ますます良い方向へと誘われ、運気もアップします。
善い人々に囲まれて幸せな人生となります。
魂の在り方は因縁(運命の因子)の在り方でもありますから、因縁(運命の因子)が変わってくると魂の在り方も変わるはずです。

反対に、ご自分を貶めていく行動は業を深め悪因縁となって魂のレベルを下げるでしょう。
そうすると嫌な縁が生じてきます。
嫌な縁...行状の悪い人物に取り囲まれてしまい、身動きのできない状況に追い込まれます。
話を元に戻しましょう。

天使の置物

そんなこといったって‘魂’なんて分からないもの...とおっしゃるかもしれませんが、大丈夫です。
二人が長く寄り添い愛を育み合っているならば、やがてその魂は自然に“真の伴侶”になるでしょう。
そうなれば来世もまた愛し合える存在でいるはずです。
だからいまは前世にこだわることはありません。

ただ前世に関しては様々な縁があった場合も多く、それが現世に影響していることは否めません。
いま出会ってる二人が前世で様々な関係にあったかもしれないからです。

問題はそれを乗り越えていくことができるかということです。
その場合は新しく魂の関係を築くということになります。
いま出会っている二人が、二人で歩んでいくことに何ら支障があるはずがありません。

繰り返しになりますが、何十年か後に添い遂げたとき、その魂はより高く昇華されて新たな縁となって再び来世で出会うことでしょう。
その時は“真の魂の伴侶”になっているはずです。

手を握る男女

妊活について悩むことはたくさんありますが、二人の愛が最も強いエネルギーを発揮することは間違いありません。
愛のエネルギーは不可能を可能にします。

それは二人が一緒に心と身体と魂を高めることではじめて可能となります。

あくまで一緒に手を取り合って、身体の関係も含めて、すべてを捧げ合い全身全霊をもって、手を取り合って力を合わせることです。
心も身体も愛し合うことは最も重要です。

そうすることによって魂は直接触れ合い、二人の魂は強く優しく寄り添うようになります。
そうしてはじめて身体(肉体)の準備が整い、魂どうしの境涯が一層高くまとまり合い、やがては“真の伴侶”となる可能性を高めます。
心の底からの愛が重要なのです。
あくまで『一緒に!』それが合言葉のようでなければなりません。

苦労を共にしても一緒にいたい。そんな二人ならどんな困難が来ようと心配はありません。

全てを犠牲にして相手を守れますか?

そのような人と巡り会えたらどんなに幸せなことでしょうか。
要するに二人で一緒に、そして何があっても乗り越えていく、そういう意思が尊いことだと思うのです。

どんなことがあっても幸せになる!そう決意することです。

決意したら次に行動に移すべきです。
「幸せになるんだと強く思う・決意する」ことの意味については、『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』にも記載します。

なぜここまで言い切れるかと言えば、私自身が前世を診ることではっきりとしたことだからです。

私の経験から言えば、前世を読み解くことは運命の糸がもたらす問題を解決する方法を探る手掛かりともなります。
このことについては別の機会をもうけなければなりません。

心の準備とは愛のことです

両手で包んだ苗

真実の愛。愛を育むことです。

しかしそれは心の中だけで行われることではありません。心と身体は結びつかなければならないものだからです。
心や気持ちが一緒だからそれでいいと考える方もいらっしゃいますが、そうではありません。

心の底から愛し、身体でも触れ合うことです。
それが一番大切なことであり、それがなくなったとき、魂は別々の歩みを始めるでしょう。
いつしか心が離れてしまう結果となりかねません。
ご病気などの場合は仕方ないのだと思いますけど。

Ⅲ. 生きていることの尊さ

花束とろうそく

人は幸せになるために生まれた来たのだと思います。
あるいはある義務を負って生まれている場合もあると思います。
さらに誰かを助けるために生まれてきた人もいると思います。

それはみな前世があるからです。
パッと生じて人が生まれ、死んだら永久に消滅するなどということはあり得ません。
だから来世も必ずあります。

妊活の場合、大切なことは愛し合うことです。

品格や品性はとても大切なことであり、生きていることに感謝し、自分に対して誇りを心にいつも抱くことです。
自分に対してとは、それほどの志を高く持つべきだということです。
志が高ければ自分が生きる上でどれほど役立つか知れません。

自分にそのような自覚と誇りが持てれば、たいていの困難は乗り切ることができるでしょう。
最初に述べたように人は魂と心を持つ高度の知的存在です。

その人の生きざまは魂に宿ります。
なぜこのようなことを申すかと言えば、人は神にも悪魔にもなることができるからです。

妊活に必要ないと言われるかもしれませんが、殺人鬼を生みたいという方はいらっしゃらないと思います。
でもそのような事件は現に起こっています。

そうならないためにはどうすればいいか。
少なくとも親になろうとする方々が自ら律して志を高く、誇りをもって生きることができる存在となり、愛をもって人に接することが必要なんだと思います。

生きていればこそ喜びも悲しみも辛さも尊さも誇りも感じることができるでしょう。
同様に生きていてこそ魂を高めることもできるはずです。

魂を高める存在になりましょう。自らも、そして新しい生命に対しても。

Ⅳ. おわりに

笑顔の夫婦

最後になりますが、努力や忍耐は絶対に必要です。
諦めない気持ちも必要です。
一緒になって認め合い、かばい合い、助け合うこと。

妊娠はお互いが一つになって初めて結果の出ることです。
どちらかの問題ではありません。

たとえ片方に問題があったとしても、それは二人の問題であり、二人で解決することです。
たとえばそれは生まれてきた子供に関しても言えることです。
必死になって努力すべきですし、耐えることが肝要です。

その一生懸命さが更なる助けを呼ぶ呼び水となります。
そのとき大きな助けがやってくるでしょう。
目に見えない尊い力が働くからです。

大丈夫!どんなことがあっても大丈夫!

いつも感謝の気持ちを持ってください。
必ず助かるんだという信念と必ず幸せになるんだという強い意志、これがあればあらゆる困難は解決でき、乗り越えることができるでしょう。

感謝の気持ちは目には見えないあなたを護り育む大きな力に対してです。
そのような尊い力は実在してますよ。安心してくださいね。

どんなことがあってもね…
あなたがいれば大丈夫なの、
結果なんて、本当はどうだっていい
あなたと一緒に歩みたいだけなの...

愛は本来、結果を求めないもの...なのかもしれません。
そんなことはどうだっていい!
二人が幸せであればこそ...
なんですよ!

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